SusHi Tech Tokyo 2025(以下、STT2025)のInvestor Stageは、世界中から東京に集まる先進的なベンチャーキャピタル(VC)が、日本企業との連携を模索することで、日本のスタートアップへの関心を高めることを目的としています。

Investor StageにおいてEmerald Technology Venturesの登壇が予定されています。同社は、スイス・チューリッヒに本拠を置き、持続可能な未来を見据えた投資をコンセプトに、25年以上にわたり各産業のイノベーションを牽引してきました。海外市場やSTT2025への期待について、Emerald Technology VenturesのNew Business Development Director、森哲也氏に伺いました。

森哲也(もり・てつや)。約20年間にわたり研究開発業務に従事。特に後半の10年間は、米国研究所との連携のもと、光と電気を融合した新基盤技術の開発に取り組み、技術面で多くの成果を挙げる。研究者としての経験を生かしながらも、よりビジネスに近い領域で価値を創出したいという思いから経営企画室に異動。自身の提案により海外スタートアップのスカウティングを開始し、技術導入や新規事業の立ち上げに取り組む。約30年間にわたる企業でのキャリアを経て独立を決意し、現在はエメラルドにて活動中。また同氏は2018年より、Silicon Valley Innovation Forum (SVIF)において、Executive Board Memberを務める

―――Emerald Technology Venturesについてご紹介いただけますでしょうか。
森: Emerald Technology Ventures(以下、「Emerald」という。)は、2000年にスイス・チューリッヒで設立された、クリーンテック分野に特化したベンチャーキャピタルです。設立当初、今ほど「クリーンテック」は注目されていませんでした。さらに、環境技術に関わる分野は、投資からリターンを得るまでの期間が長く、不確実性も高いため、クリーンテック・スタートアップへの投資がVCとして成立するという考え方も一般的ではありませんでした。そうした状況にありながらも、Emeraldはサステナビリティとファイナンシャルリターンの両立を追求し続け、現在の「クリーンテック・ベンチャーキャピタル」としての確固たる地位を築き上げてきました。
―――貴社の特徴はどこにあるのでしょうか?
森: Emeraldは、各産業分野でリーダー的存在であるグローバル大手企業50社以上をLimited Partner(LP)として擁しています。これらの企業に対して、新規事業開発に資するサービスとして、単なる“投資”にとどまらない事業共創やイノベーション支援までを含めた価値を提供しています。もちろんVCですから、キャピタルゲインを得ることは最重要ですが、Emeraldはファイナンシャルリターンのみならず、LPの皆さまのオープンイノベーションに資するサービス提供を重視している点が他のVCと大きく異なるポイントだと考えています。
―――Emeraldが特に力を入れている「テクノロジー」分野における強みとその源泉についてお聞かせください。
森: Emeraldは設立以来、長期的な視点でサステナブルなリターンを追求しており、主な投資領域として、エネルギー、マテリアル&パッケージング、食品&農業、水、インダストリアルIT、モビリティ&都市化の6つがあります。これらの領域については、「セクタースペシャリスト」と呼ばれる業界の専門人材を社内に配置しており、スタートアップの適切な技術評価や事業開発支援を一貫して行える体制を整えています。投資領域ごとにスペシャリスト人材を多く擁しているという組織体制が、弊社の強みにつながっていると考えています。
―――貴社のセクタースペシャリストはどのような役割を果たしていますでしょうか。
森: Emeraldが日本の事業会社に対し、オープンイノベーションのご支援をする場合、各社が有する研究開発部門と専門的なディスカッションを行うことを重視しています。その際、先にご紹介した社内のセクタースペシャリストが、直接スタートアップの技術や市場性を評価し、Proof of Concept(概念実証)のフェーズから一貫してサポートを行います。他のベンチャーキャピタルではスタートアップの評価を大学や外部コンサルに依頼するケースがありますが、Emeraldは自社で技術的インサイトを持っているため、スピーディーで実行力のある意思決定を促すご支援が可能であり、日本の企業にとっても安心感のあるパートナーになれていると自負しています。
―――日本企業との連携に関して、初期LPの一社であるナブテスコ株式会社との連携事例をご紹介いただけますでしょうか。
森: Emeraldは、ナブテスコ株式会社(以下、ナブテスコ)や出光興産株式会社のCVC(コーポレート・ベンチャーキャピタル)業務を包括的にサポートしています。この取り組みは「CVC as a Service」と呼ばれ、近年いくつかのベンチャーキャピタルが同様のサービスを提供していますが、Emeraldの特徴は、その関与の仕方にあります。スタートアップ投資を検討するにあたり、一般的にはベンチャーキャピタル側で投資判断を行うケースが多いのに対し、Emeraldのモデルでは最終的な投資決定権は、あくまでナブテスコにあります。Emeraldは、投資判断以外の業務——すなわちスタートアップの発掘、デューデリジェンス(評価)、スタートアップとの投資条件の交渉、投資の提案などを担いながら、ナブテスコの意思決定を支える役割を果たしています。その際、Emeraldはナブテスコの各事業部門の現場担当者と密接に連携させていただいています。具体的には、事業部門を統括する各カンパニーのCEOや開発担当者と直接対話を行い、技術開発のロードマップを共有しながら、スタートアップとの連携が有効に機能する領域か否かを見極めます。その上で、ナブテスコが独自に進める技術開発ではどうしても時間がかかるといった課題に対し、外部のスタートアップ投資を通じた解決を図るといったアプローチを進めていきます。
―――日本市場で求められる“オープンイノベーション”の姿とはなんですか。
森: 技術革新のスピードが加速する現代では、クローズドイノベーションだけでは限界があります。日本企業もすでにオープンイノベーションの重要性を認識し始めていますが、意思決定のスピードや、開発方針の柔軟性に課題が残っているのも事実です。欧米企業はサンクコストを割り切って迅速に方向転換する傾向がありますが、日本では文化的に難しい側面もあります。日本の事業会社がこれまで以上のイノベーションを推進していく為には、自社内のR&Dや大学との連携と並行して、スタートアップとの協創が必須になるとみています。VC等のファンドはこのような取組みを進めている企業のイノベーション促進に係る支援を提供する役割を担っています。
―――イノベーションを推進する中、海外プレイヤーとのパートナーシップも重要かと思いますが、日本の事業会社にとって、欧州スタートアップとの提携チャンスはどこにありますでしょうか?
森: 欧米ではスタートアップの約8割がM&AでExitしており、日本の事業会社にとっては買収や共同開発のチャンスが多く存在します。欧州でもロンドン、パリ、ベルリンといった主要都市に加え、地方都市にも革新的なスタートアップが育っています。Emeraldでも、出資を通じてスタートアップと日本企業をつなぎ、クロスセルや共同開発といった実践的な提携を支援しています。言語や文化の壁もありますが、近年日本企業では海外経験を持つ人材を増やしており、グローバル化に向けたポジティブな変化だと感じています。
―――日本の事業会社は特にアジアを中心に海外市場への進出を遂げておりますが、日本のスタートアップがグローバル展開するにあたっては、どのような課題があるのでしょうか。
森: 国内のスタートアップは、グローバル展開の戦略を策定しきれていないことが多く、「海外ベンチャーキャピタルマネーを受け入れる体制になっていない」と感じています。海外のスタートアップはグローバル市場を視野に入れていますが、国内のスタートアップは国内市場にのみ、焦点をあてているケースが多いと感じます。例えば、冨山和彦さんが会長を務める一般社団法人日本取締役協会スタートアップ委員会が提出した提言1においても「ディープ・テックを含むイノベーション・テーマは存在するが、日本独自のエコシステムはローカルサービスに最適化されている」と指摘されています。日本のスタートアップは魅力的な技術を有する企業が多いので、グローバルな視点を持って、海外ベンチャーキャピタルマネーを意識した戦略を取ることで、より多くの資金を惹きつけることができるのではないでしょうか。
―――STT2025で期待する出会いと可能性
森: EmeraldとしてSTT2025は初参加ですが、魅力的なスタートアップやグローバルのベンチャーキャピタルが集まるこの場は、極めて価値のある機会だと考えています。以前、国内の他のカンファレンスに参加した際、日本の事業会社と世界のスタートアップが具体的なビジネス連携を模索する様子を多く目にしました。STT2025も同様に、起業家と投資家が情熱とビジョンを持ち寄る場となることを強く期待しています。
―――リスク・テイキングは“投資家”が担うべき役割であり、起業家に求められるのは、野心、独自の技術や視点、将来の社会に対する洞察、既存の産業や企業に対する挑戦心、それらに対する情熱とコミットメントである― 先述の提言書ではこう述べられており、STT2025はまさにそうした情熱を持った起業家、そして投資家が一堂に集う場所となっています。

STT2025 Investor Stageは、こうした価値観を共有する多くのVCやスタートアップと出会える絶好のチャンスです。最新の技術動向や投資の潮流を知りたい方、ぜひ会場で未来を語り合いましょう!

1「我が国のベンチャー・エコシステムの高度化に向けた提言」(2023年4月25日)
一般社団法人 日本取締役協会 スタートアップ委員会